歴史にも境界がある。目立つこともないその時点では、特に気づかれることもない。だがひとたび越えてしまえば、社会的、政治的な風景が変わり、気候が変わる。そして言葉も変わる。「新しい現実」がはじまる。
ピーター・ドラッカー『新しい現実』
ドラッカー教授の専門性をひと言で表現するのは簡単なことではありません、ドラッカー教授は、世の中から、「ビジネス界の思想家」、「知の巨人」、「マネジメントの父」、「経営の父」、「経営の神様」、「現代社会最高の哲人」、「文筆家」、とうたわれており、その特定に難儀します。
多くの経済学者がドラッカー教授の叡智を求めました。しかしドラッカー教授は経済学者ではありません。経済学者は、学問として成立させるためか経済を単体とものとして取り扱います。ドラッカー教授は、ある専門領域を単体として取り扱うことはぜす、あらゆるものがあらゆるものと関係し、つながっている。ドラッカー教授はその「つながり」と「変化」を観る人でした。
ドラッカー教授ご自身は、自分のことを「社会生態学者」といわれました。「社会生態学者」という言葉はドラッカー教授の造語です。自然生態学が自然を研究対象として環境を観察するように、ドラッカー教授は、人間の本能がつくり出した社会という生態系にその関心を注がれました。
ドラッカー教授は、その観察によって無形の実在である原理原則を言語化し、次なる社会の姿を描写されました。ドラッカー教授のそれは、「万人の幸福」を願う強い意志によってなされたものに違いありません。ドラッカー教授が、生涯を通して取り組まれたテーマは、人が人として価値ある人生を送るために、新たな社会はどうあるべきか、進化する組織はどうあるべきか、本来、人間はどうあるべきか、ということに尽きると思います。

